自分達こそが、あの戦争に導いた扇動者であることを、戦後の購読者には、100%、完璧に隠し通し続けて、
2017年11月11日
私の紹介で、私と同様に池原冨貴夫氏と、その名著を初めて知り、私の勧めどおりに直ちに書店に向かい購読された人たちは真実を知るという至福を得た人たちでもあるが、
朝日新聞の酷さ、悪質さには言葉を失う人も多いはずだ。
第二次大戦の首謀者は、朝日新聞がとことん悪者に仕立て上げている日本軍ではなく、実は朝日新聞そのものではなかったのか、という疑念が、私の心には、何故か、ぼんやりと在った。
この疑念を最初に、その通りのはずだ、と思わせたのが、戦争当時、神戸中(現在の神戸高校)の生徒だった妹尾河童氏の不朽の名作、「少年A」を読んだ時である。
妹尾河童氏の高校生時分の生活と感性は、仙台二高生だった私の感性とストレートに響き合っていたから、戦争前夜や戦争当時の、日本国民の実際の姿を、私は初めて知ったのである。
東大卒業生の中で、本当の本物であり、真に一流の知性をもった人物である池原冨貴夫氏が東大の柔道部に所属していた事にも私には縁を感じた。
読者はご存知のように私は仕事を通して、彼の東大の先輩でもあり柔道部の先輩でもあり、彼と同様に、日本を代表する大企業で大重役、定年後は、私に、「上場企業の社長に成るつもりは全くない。寸刻みのスケジュールで大変な仕事である。私は定年で退社し、後半生は悠々自適で暮らしたい」、と言っていた通り、私が驚いたほどに、スパッと定年退職したのだが、
彼は周囲の誰もが、接した事の在る人間の誰もが認める、真の人格者だったから、周囲が彼を放っておくわけもなく、しばらくして、日経新聞に、大きなスペースで、系列の、これまた名門の一部上場企業の社長に担ぎ上げられ、就任した記事が掲載されていた。
彼は間髪を入れず事業の拾捨選択を明確にして目覚ましい企業業績の向上を達成した。
彼の後輩に相応しい池原冨貴夫氏は第二次世界大戦へと日本を導いた首謀者、或いは扇動者は朝日新聞と松岡洋右だったと言っても全く過言ではない事を私たちに初めて教えてくれたのである。
自分達こそが、あの戦争に導いた扇動者であることを、戦後の購読者には、100%、完璧に隠し通し続けて、とことん、日本軍を悪者に仕立て上げ続けて来た朝日新聞の悪質さは極まっている。
この新聞社は異常である。
時代時代のイデオロギーに偏執狂的に邁進する異常な連中の集団であると私は断言する。
この稿続く。