中国は自滅的な行動を起こし続けるために覇権国にはなれないことを中国の周辺国の動きを説明しながら歴史とともに論じた

米国防関係者必読の書・日本への警告とは…第5章は、過激な反応を示す中国側が軍事的に仕掛ける先となる日本やフィリピンを取り上げている。
2023年01月08日

以下は月刊誌「正論」2月号に、米国防関係者必読の書・日本への警告とは、と題して掲載されている、地政学・戦略学者奥山真司の論文からである。
朝日、毎日、東京等の新聞や共同通信社の記事を掲載している地方新聞だけを購読し、彼らの系列のテレビ局の報道番組やワイドショーを観ているだけの情報弱者達が決して目にすることはない論文である。
日本国民全員のみならず、みせかけのお金の誘惑で中国に靡いている国民全員が必読。
見出し以外の文中強調は私。

「21世紀の世界政治の動きを決定するものは何か」-。
国際政治に多少の関心のある人間であれば、それは「米中関係である」と答えるかもしれない。 
このような問いかけは、中国がリーマンショックを経て2010年頃から日本の国内総生産(GDP)を抜き、米国に次ぐ世界第2位の経済規模を誇るようになった時から、さらに頻繁に聞かれるようになった。
それと同時に、中国は今後どのような行動をとるようになるのかについて、アメリカではいくつかの想定すべき「モデル」のようなものが議論されるようになったことをご存じの方もいらっしゃるかもしれない。 
たとえばその代表的なものは、日本でも訳書が出て有名になった、アメリカのシンクタンク、ハドソン研究所のマイケル・ピルズペリーによる 『China2049』(日経BP、2015年)だ。
この本では、中国には「100年マラソン」とも呼べるような隠れた長期戦略があり、米中の争いは長期化することが警告されていた。 
その次に有名になったのは、ハーバード大学で長年教授を務めるグレアム・アリソンによる『米中戦争前夜』(ダイヤモンド社、2017年)である。
ここでは米中関係は「既存の覇権国VS新興大国」という関係にあり、この構造は大戦を生み出しやすい危険なものであることを、豊富な歴史の例から「トゥキディデスの罠」というパターンとして導き出し、そのような衝突を回避するにはどうしたら良いかを論じたものだ。 
さらに加えると、本稿の執筆者である奥山が監訳したエドワード・ルトワックの『自滅する中国』(芙蓉書房出版、2013年)も同じテーマを扱っており、中国は自滅的な行動を起こし続けるために覇権国にはなれないことを中国の周辺国の動きを説明しながら歴史とともに論じたものだ。 
そのような文献がある中で、今回ご紹介したいのは、私が新たに翻訳した2023年1月6日発売の最新刊『デンジャー・ゾーン』Danger Zone :The Coming Conflict with China、飛鳥新社)だ。
これはハル・ブランズとマイケル・べックリーという二人の若い学者たちによる共著で、原著は2022年8月にアメリカのW・W・ノートン社から刊行され、すでにワシントン周辺の国防関係者界隈では必読書となっていると言われる話題の書だ。 
この本は「米中関係」をテーマとしただけでなく、とりわけ「中国はどうなるのか」という点についての最新のモデルを提唱し、それに対してアメリカはどうすべきか、という明確な大戦略を提示したことで発売当初から大きな話題になった。

執筆した原著者たちや本書の位置づけに関して、日本ではまだ十分に知られていない部分が多いため、本稿では最初に彼らの経歴などを紹介しながら、本書の内容について解説を行いつつ、最後に個人的な感想や日本にとっての示唆を述べていきたい。
冷戦と大国の歴史を知る著者 
まず一人目の著者であるハル・ブランズは、現在ジョンズ・ホプキンス大学の高等国際問題研究大学院(SAIS)の教授で、スタンフォード大学やイェール大学で歴史学で学位を修めている。
主に冷戦史の分野からアメリカの大戦略を見るアプローチを得意とする学者だ。
デューク大学で教えた後に外交評議会をはじめとするシンクタンクで研鑚を積んでおり、アメリカ企業公共政策研究所(AEI)で上級研究員を務めるほか、オバマ政権から国防総省のアドバイザーを務め、現在のバイデン政権でも国務省外交政策のアドバイザーも務めている。
専門の冷戦史に関するテーマだけでなく、大戦略についての著作も含めてすでに10冊ほどの著作を記しており、ブルームバーグのコラムニストとしても積極的に意見記事を発表している。
父親も冷戦史を専門とするテキサス大学で教える歴史学者である。 
もう一人の著者であるマイケル・べックリーは、現在タフツ大学の准教授で、以前はハーバード大学ケネディ行政大学院でも研究していた。
非常勤ながらブランズと同じくAEIの研究フェローを務めており、過去には国防総省のアドバイザーやランド研究所、そしてカーネギー国際平和財団などのシンクタンクでも働いた経験を持っている。
専門は大国政治の歴史であり、豊富なデータを使いながら大国の行動を解読するのを得意としている。
 
著作は本書の前のデビュー作(『Unrivaled』、2018年)があるだけで、そこではなぜアメリカという超大国に取って代わるようなライバルが出現しないのかを説明している。
ちなみに彼には日本人の血が入っており「Iwata」姓の祖父が日系人部隊である442部隊にも所属して欧州戦線で戦っていたという。
 
『デンジヤー・ゾーン』は両者が所属するAEIが開催したセミナーで意見交換していた際に意気投合したことがきっかけで生まれたものであり、その内容や主張は実にシンプルだが、意外性を持つ。
まず本書は「米中間には2020年代に危機が迫ることになる」と予測するのだが、その理由は「中国が台頭し続けるから」ではなく、むしろ北京が「衰退しはじめた」と認識し、それで焦って無謀な軍事的な賭けに出るというモデルだ。
そしてその行動の可能性が高まる危険な「短期決戦」の時期が今後10年ほど続き、この「危険な時期」のことを本書の夕イトルにもなっている「デンジャー・ゾーン」と呼ぶのだ。
ちなみに本書が刊行された2022年の夏にはトム・クルーズ主演で世界的な大ヒットとなった映画「トップガン マーヴェリック」の劇中挿入歌にケニー・ロギンスの同タイトルのヒット曲がある。
原著者の二人がこれをどこまで意識したかは不明だが、明らかに原著のセールスには貢献したものと推測される。

米大統領選後の台湾有事 
では具体的に本全体の流れを説明しよう。
本書は厳密には学術専門書ではないのだが、有識者への政策提言という色彩が濃く、筆者がシンクタンクで明晰な文章を書く訓練を受けているせいか、実に論理的かつ読みやすい文体となっている。
全部で8章あるが、論点が明快で文章もこなれているため、あっさりと読みこなせる。
したがって翻訳されたものが読みにくいと感じるのであれば、それは訳者である私の力不足のためだと言っていただいてかまわない。
 
最初の序章では、2024年に開催される次の米大統領選挙後に、前回2020年と同じような米国内の不正選挙騒ぎが起こっている中で台湾有事が勃発するというシナリオを紹介しつつ、実は焦った中国の習近平が冒険的な行動に出る可能性から、米国の備えは遅すぎるのでは、と疑問を呈するところから始まる。 
第1章は、中国にはアメリカを押しのけて世界でナンバーワンになる野望があること、そして主に4つの大戦略の原則があることについて分析する。
第2章は中国のこれまでの台頭を可能にしてきたいくつかの要因が近年になってから阻害要因に変わり、実は中国の国力がピークを迎えてしまったと論じる。 
第3章では、中国の台頭に警戒した周辺の国々の間で、互いに「反中同盟」をつくるような動きが出始めており、それによって恵まれていた安全保障環境が北京にとって厳しいものに変わりつつある事態を「戦略面での休暇の終わり」という印象的な言葉で説明している。
この反中同盟の動きをしている国の中には、アメリカだけではなく、我が日本も入っていることは言うまでもない。 
第4章は、現在の中国の焦りを考える上で参考になる過去の実例を紹介する。
ここで引き合いに出されるのが、第1次世界大戦直前のドイツ帝国と、第2次世界大戦前の大日本帝国であり、いずれも当時は経済的に行き詰まりを感じるとともに戦略的に追い込まれていたことが指摘される。 
第5章は、過激な反応を示す中国側が軍事的に仕掛ける先となる日本やフィリピンを取り上げている。
第6章ではその対処のために参考になる原則を「デンジヤー・ゾーン戦略」として、冷戦開始時の米国のトルーマン政権の鮮やかな動きを見ていく。
ここで得られる教訓は、長い闘争の初期にその後の条件が決まるということであり、その点でトルーマン大統領は見事な動きをしたとされる。 
第7章では、さらに米国に必要な「デンジャー・ゾーン戦略」の詳細なステップを見ていき、最後の第8章では「デンジャー・ゾーン」の時期を越えた先に米中の対立状況は続くことを予測してまとめている。

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