角栄の公判が始まると角栄有罪論を朝日ジャーナルに載せ、角栄を擁護する渡部昇一を「無知」と切って捨てていた

角栄の公判が始まると角栄有罪論を朝日ジャーナルに載せ、角栄を擁護する渡部昇一を「無知」と切って捨てていた
2021/08/26

以下は、7月1日に下書きに入れたままにしていた、巨人のうっかり、と題した、週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである事を証明している。
立花隆の「田中角栄研究」は昭和49年10月発売の文藝春秋11月号に載った。 
角栄ファミリーが4億円で買った信濃川河川敷が角栄の列島改造論を受けて数百億になった。
いかにも怪しいではないかと告発するが世間の反応は鈍かった。 
角栄は今太閤と呼ばれた。逼塞した日本のために何かをやってくれそうな期待があった。 
信濃川河川敷の一件は確かに問題かもしれない。でもブラジルのクビチェック大統領の例がある。 
彼はブラジル高原に首都ブラジリアを作った。人工の都市は夜、漆黒の闇の中に翼を広げた鳥の形に光り輝いた。 
今は世界遺産にも登録されているが、彼はこの事業に絡んで賄賂を貰った罪で軍事法廷に立たされた。 
判決は簡単だった。ブラジルのために偉大な事業を成した大統領を些事で裁く必要はない、だった。 
日本人も角栄をそう見た。米国務省もそう見たが、同時に脅威とも見た。 
角栄は米国の頭越しに支那と国交を回復しインドネシアの石油にも手を出した。
角栄は確実に眠っていた日本人を揺り動かしていた。 
国務省はその脅威を取り除くため外人記者会を使った。GHQが占領統治の補助に使ったところだ。
角栄はある日、そこの午餐会に招かれた。 
無邪気に応じた彼は外人記者から立花の書いた金脈について根ほり葉ほり問い質された。 
一国の宰相への敬意など微塵も感じられない野卑な質疑は、そのまま打電され、それを見た日本のメディアが大騒ぎを始めた。 
かくて角栄は首相の座を追われ、きっかけを作った立花隆は超級ジャーナリストに祭り上げられ、米国の悪意は隠された。 
しかし首相を退いたとはいえ、角栄の人気と政治力は衰えなかった。
米国にとっては依然、脅威であり続けた。 
で、米国務省角栄の息の根を止めるためにロッキード事件を作り出した。 
今度は外人記者会でなく、地検特捜が下請けした。
戦後、同じくGHQのために活動した隠退蔵物資事件捜査部がその前身だ。 
まず手始めは米上院の小委員会に児玉誉士夫の怪しげな領収証が出された。 
ロッキード社が角栄に賄賂を贈り便宜を図ってもらったかのような構図が示唆された。 
出所不明の証拠は「毒の木になった果物」と呼ばれて証拠能力はない。 
しかし「首相の犯罪」摘発に懸命な地検特捜は気にもしなかった。
ロ社はダグラスDC10に決めていた全日空にドライスターを買わせようと角栄に5億円を贈賄し、工作させたという構図を描いた。 
次に証拠だ。
後に大阪地検特捜が厚生官僚、村木厚子を逮捕したときにやったように「証拠は構図に沿って改竄する」気だった。 
ロ社幹部の証言も贈賄罪を免責したうえ反対尋間もなし、つまり特捜の構図に沿って嘘を語らせた。
最高裁はそれにOKを出した。日本が法治国家をやめた瞬間だった。 
地検特捜の副部長、吉永祐介は記者からの「全日空が主力機に日航の二番手機DC10を使うはずもない」「政府が買った対潜哨戒機P3C絡みでは」という問いに「今後P3Cと書いた社は出禁だ」と言い放った。
まるで蘋果(ひんか)日報への習近平の言い草だった。 
吉永はまたロ社幹部の証言を反対尋問なしで証拠採用した違法行為を突かれると「証人は聖書に誓う。米国人は嘘つかない」と昂然と言った。
そんな連中が角栄を潰しにかかった。しかし立花隆はそんな地検特捜にべったりだった。
角栄の公判が始まると角栄有罪論を朝日ジャーナルに載せ、角栄を擁護する渡部昇一を「無知」と切って捨てていた。 
記憶に残るのは角栄逮捕の朝、彼がテレビで検察の勝利を手放しで喜んでいた姿だ。 
新聞に潰される首相など権力者であるはずもない。
その新聞を黙らせ、法を弄ぶ検察こそが最大の権力者なのに。知の巨人はそれに気づかなかったのだろうか。