恐ろしいことに民主主義が「円熟」した結果なのか、少数の弱者を保護する名目で多数を攻撃するすさまじい争いが頭をもたげ始めている

以下は今日の産経新聞「正論」に掲載された、杏林大学名誉教授田久保忠衛氏の論文からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
見出し以外の黒字強調は私。
国家観なき「怪物」に果敢に挑む
労働党を中心とした各国社会主義思想を研究されていた関嘉彦氏(東京都立大学名誉教授。元民社党参院議員)が、しみじみと 「僕は生きているうちに共産主義の崩壊が目撃できるとは思わなかった」と語っておられたのをときどき思い出す。 
日本の特殊な言論空間  
戦後の一時期、日本社会を覆っていた特殊な言論状況があって、その中に国家観を喪失した雑多な知識人がうごめいていた。
「正論50年」の成果は、その人たちが醸し出していた不快な臭気のほとんどを一掃したことだと思う。
思い出すだけでも、おどろおどろしい、定義不能な「進歩的知識人」ですぐ名前が浮かんでくるのは、清水幾太郎学習院大学教授=当時の肩書、以下同)、吉野源三郎岩波書店「世界」編集長)、丸山真男東京大学教授)、羽仁説子自由学園教授)、末川博(立命館大学総長)、平野義太郎(日中友好協会副会長)、阿部知二(作家)、今中次麿(九州大学教授)、安井郁(法政大学教授)、内山完造(中中友好協会理事長)など、際限がない。
内訳に目を向けると進歩的文化人マルクス主義者、ジャーナリストなど職種は見定めにくい。 
戦後の時期がいかなる意味を持っていたかの研究はいくつもなされているが、私が抱いている関心は次のようなことだ。  
ソ連、中国などの信奉者やアメリカン・デモクラシー推進者に共通していたのは戦前の日本に対する一種の共通した嫌悪感だった。 
自らの国家観が欠落していれば、平気で社会主義国家を礼賛し、他国の国益を代弁する怪物が横行するだろう。 
GHQ(連合国軍総司令部)の徹底した日本無力化政策とコミンテルンを通じて戦前から進められてきた資本主義の破壊工作がダブって実施されたのであるから、日本に思想的一大混乱期が訪れたのも当然かもしれない。  
共産主義は自壊したが  
この巨大な怪物に対して果敢な攻撃を開始したのが「正論」欄だ。
得体の知れない知識人を狙い撃ちにする鋭い舌鋒の福田恆存(劇作・評論家)、真っ向から国際政治に挑む林三郎(東海大学教授)、整然とした共産主義批判をテレビでも展開した猪木正道防衛大学校長)、該博な歴史知識を駆使した村松剛(文芸評論家)、当時は若手の渡部昇一上智大学教授)、曽野綾子(作家)、西尾幹二電気通信大学教授)など、どれだけ華麗な執筆陣だったか。 
進歩的文化人」やマルクス主義者なる怪物は「正論」路線の前に敗退した。
公平な言論の場で決着をつけたのは日本の言論史上輝かしい結果に違いないが、国際社会を二分していた冷戦の終焉がなかったら、日本の思想戰はどうなっていたかわからない。 
冷戦はいかに終結したかについては幾多の研究が公にされているが、要は共産主義自体が人間性に反していたうえ、米国との間で猛烈に展開された軍拡競争にソ連経済が耐えられなくなって自壊したと言っていいだろう。  
「正論」が戦ってきた相手はまさに風とともに消えた。
代わって 一体どのような世界が登場するのだろうか。 
ソ連が消滅したのちの一時期、「米国一極時代」が到来した。
が、そのあと「台頭してきた」中国は、あっという間に世界第2の軍事、経済大国にのし上がり、まさかと思う間に、米国と覇を争う’立場に立ってしまった。
そこで最も気になるのは米国の世界における地位の低下だ。  
気になる「新しい思想戦」
私は戦後の日米関係を国際政治における傑作だと評価してきたが、両国間にオーバーホールを常に管理する場所がないと危険だと感じることがある。 
例えばトランプ氏は大統領時代、あからさまに日本が防衛を公平に分担しないのはおかしいと不満をもらした。
その際、「米国が第三国から攻撃されても日本人はソニーテレビを見ているだろう」とも述べた。
日本がとりわけ安全保障について米国に甘えきった態度に陥っている事情をこれほどまでにあけすけに口にした政治家はいない。
占領時代、米国が日本に対してとってきた政策、その名残などはいまの日本では大っぴらに批判されているが、日本国憲法靖国神社、防衛、教科書など、むしろ親米派とみられる保守系の米国批判は日本で一般化してしまった感がある。
戦後民主主義のうさんくささが次第に分かってきたし、日米間の摩擦にそれはなり得ない。 
中国が米国衰退論を煽って、米国内で政党、人種などの分断現象が露骨になるにつれて気になるのは新しい思想戦だ。
恐ろしいことに民主主義が「円熟」した結果なのか、少数の弱者を保護する名目で多数を攻撃するすさまじい争いが頭をもたげ始めている。
雲行きは怪しくなってきた。